研究の聖域

企業研究者は、世界一の新しい技術を創るという使命と同時に、売れる技術を創るという使命も背負っている。そこでしばしば、世界一の新しい技術と、売れる技術は両立するのか、というのは話題の種になっている。

企業に身を置く上では、売れるものを作らざるを得ない。しかし、会社の中で最も顧客から遠い研究者が、売れるものを本当に考えることが出来るだろうか。研究者が一人で市場やニーズを正確に捉えることは出来ないだろう。そのため、事業部と協力をするのだ。

大学を卒業して、「世の中に出る技術を創りたい」と意気込んでいた自分は、事業部と共にニーズを突き詰めて技術創生を行うことが正しいと信じていた。それが失敗の始まりだった。

失敗禄


自分のこの数年を振り返ってみると、まず最初は会社にあった技術を応用して、何か新しい技術を創りましょう、というアバウトなものから始まった。既に社内にあった技術を理解し、市場のトレンドを理解し、その一歩先を行くものを考え、実現させた。それは社内でデモが行われ、その結果、一つの事業部が関心を持ってくれた。

その後、「世の中に必要とされる技術を創る」ことを第一と考えていた自分は、興味をもってくれたその事業部からニーズを聞き続けた。そして分かったのは、既に創った技術は、その事業部のニーズに完全にフィットするものではないことだった。そこで、最もフィットするであろうツールを0から創った。ただ、この時点で違和感は感じていた。これって、何かの課題を解決している訳ではないので、研究ではないな、と。しかし、世に出るものが創れるのであれば、特に研究は必須ではないのでは、と思い、そのまま突き進んだ。

だがその後、事業部から方針の変更がいくつか告げられた。それは事業的に正しい選択であったので、それに応じて技術の中身を変えていくことは、当然の流れだと思った。しかし、事業部の方針は何度か変更され、それに追うように、創る技術も変更していった。

それによって出来上がったツールは、なんの目的のものなのか分からない、謎なモノであった。そして、下手にモノがあるせいで、それで何とか、次の予算申請につなげようと、その謎なモノのユースケースを考える時期が続いた。

もうここからは地獄だった。完全なるプロダクトアウトだからだ。当然理解は得られず、自分でも自分がうまく説明出来ていないことに気付いていた。

失敗の要因


こういった失敗は、どこが最もまずかったのだろうか。最も問題だったのは、技術の領域に、事業の都合を入れてしまったところだ。

「世に出るものを創る」=「事業的な問題を、技術創生の過程に組み入れる」と思い込んでいた。これが最大の過ちだった。

事業の問題が存在してから、それにあわせて技術を創るとなると、その事業的問題を最も効果的に解決する手段が、必ずしも自分の強みが活かせるものとは限らなくなる。そのため、自分の場合は研究ではなくなり、ただのツールが出来上がった。何が技術的な課題なのかすら、知識がないため判断が付かなかった。当然、深い研究になる訳がない。

さらに、事業的問題は、ころころ変わりうる。それを追って技術創生の方向性が変わったら、中途半端なモノが出来て当たり前なのだ。

たられば


では、どうしていたら良かったのか。

まず、自分の専門分野を活かした深い技術を創る。そのためには、技術的問題を設定した上で、その問題の解決に至るまでの、技術課題を明確化する。これが出来れば、少なくとも謎なモノが出来る事はない。

これを実現するためには、研究に聖域を用意するべきだった。「自分は研究者として、こういったアウトプットを出す技術を創ります。それを利用して、そちらの事業のこれに使える気がします。いかがでしょうか?」というべきだったのだ。

もし既にベースになる技術が存在しているのであれば、それに+αする形で、事業部に技術を提供することは良い。しかし、0から技術を創り際には、事業的問題が研究に介入することを許してはいけない。

やるべきことは、以下の事だ。
  1. 自分の専門分野を踏まえて、自分があるべきと思う世の中を定義する
  2. その世の中の実現に対して、大きな潜在能力を持つ技術のアイデアを練る
  3. 技術的問題を設定し、技術課題を設定し、研究計画を練って実行する
この過程の中に、事業的問題を組み入れてはいけない。ここまでは、研究の聖域とすべきだ。技術が出来上がってから、それを事業部に提案する。そのときにやっと始めて事業的問題を加味する。

ただし注意すべきは、自分が創りたい技術を創るのではない。自分も他人も含め、神の目線から見て、あるべき世の中を定義し、それを自分の専門分野で解決するのだ。ここをうまく定義出来るかどうかが、技術をベースとしたマーケットインが出来るかどうかに関わってくる。この話は、またまとめようとすると長くなるので、ひとまず今回はここまで。

以上、自分がこれから常に念頭に入れて起きたいことだ。

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